私たちの声を聞いて

  高崎市立女子高校の学校づくりに学ぶ

                     教育制度政策研究部会  萩原慧
 







 
 


(一)はじめに
 小論は、1995年度に高崎市立女子高校1年6組の担任倉林順一さんが発行したクラス通信『デリシャスカンパニー』(何故か日変りで『でりしゃすかんぱにい』『DeliciousCompany』となります。愉快な仲間という意味)を読んで「学校づくり」を学ぼうとこころみたものです。
 通信は1993年4月8日(木)〜1994年3月18日(金)の間に93号発行されています。主として手書き、引用部分が部分的に活字。必要と思えば連日も辞さず、といった勢いがあります。絵がなかなか旨い。タイトル脇のイラストは倉林さんの自画像。額に天然のソリ? 担任は生徒に、通信は読み終わったらゴミ箱にすてないで家に持って帰って下さいと要望しています。
 クラスの生徒は44人。市内22人、榛名・箕郷・群馬・安中・松井田・新町など市外22人。同一中学から多くて5名、1人というのが11名。44名中40名が通学に自転車を使用する。倉林さんは44歳、奥さんと2男1女の子どもさんたちと箕郷に住んでいます。
(二)担任の入学を祝う言葉
 大人の仲間入りをしようとしているみなさんは自分自身でその準備をしなければなりません。@勉強すること:社会で生活して行くのに欠かせない知識を授業で吸収します。自分で考える基盤をつくります。A自立すること:他人に命令されて動くのはいやなもの。というよりは、人はみな自分で判断すべきです。それが大人の条件。Bマナ−を守れ:一人では生活できない。友達や身の回りにいる人達に不快な思いをさせないこと。このいつも心がけてもらいたいこと3つは通信を一貫しています。「何を急いで帰宅する??? TV? カラオケ? ショッピング?マンガの立ち読み?長電話?」などと二条河原の落書のようなものを書きながらも生徒に絶望することがなかったのでしょう。
(三)第一回LHRは月並俳句の会
 「月並」とは凡庸というほどの意味。これは失礼だといわれそうだが小生の命名。早速作品を紹介すると、
 入学後そろそろ本心みせましょう(さたぶろう) 入学後2週間経っている。
 新学期おとなしいのは最初だけ(タケチャンマン)
 先生と禁じられた恋したい(リンダ) 「季語がないぞ」と担任の評あり。
 新学期私の夢も花と散る(みー) どんな夢だったのかなあと担任。
 担任は順が一番の倉林(ペコチャン) 担任の作。これにも季語が無いようだ。  *順は「すなお」と読む、と担任の注釈あり。
 球はとぶドッグウッヅの花開く(順) アメリカハナミズキ(dook woo  d)も応援している。今、ここで何か夢中になることを!と呼びかける担任。 まるで竹馬の友のような親しみようです。
(四)生徒の自己紹介
 自己紹介・クラスの感想には当たり前のことですが全員(何回か数えたが43名か?)が登場します。4月17日(土)3号〜5月14日(金)8号の6回が宛てられています。
 紙面では一人ひとりが大切に扱われていますが、都合で、落語調の「間」のあるNさんの最後の部分だけを紹介します。チョット残念です。「中学のトキに、さんざん『変わってるねえ』と言われた私です。こんな私ですが、1年間、または2年間、もしかしたら3年間、または、これから死ぬまでまたは死んでも、なにとぞよろしくおねがいいたします。ジョディー・R・キャッシュカード(N/紙面では実名です)。
 誰もが共通して強烈に求めているものは友情・友達です。担任が好感を持たれているらしいことも分かります。
(五)気がかりやテスト返しに衣替え
 この句は担任の詠んだ6月初旬の生徒たちの心情です。
What′s your least favorite sububject?という質問にEnglishと答えた生徒が沢山いたのでちょっと心配な倉林さんは英語の教師。テストは生徒にとっても、教師にとっても悩みが深い。紙面で数学の問題を解き、解説する倉林さんの情熱的なことったらない。「私も数学は不得意でした」と体験を披露する時にも……。
 衣替えにはイラストのようなコマカな注意。
                                     (六)校長さんの苦悩と強いられる服従
 6月16日(水)の校長さんから「みなさんをだますつもりは決してなかったが、こういう結果になったことを残念に思い、申し訳なく思っています」「二つの学校ができればみなさんに犠牲をを強いることになるかもしれないが最小限にとどめたい」「私たちが具体的な計画の内容を知ったのが四月末、校内職員で議論をはじめたのは五月になってからだったのでみなさんに説明するのがおそくなってしまった。この間(かん)、職員としても現在1、2年生を高経大付属生とすべきと意見がまとまったので五月下旬の開設準備委員会で再三、吾々の意思を伝えたがきびしく批判され、受け入れてもらえなかった。現在でもその気持ち(1、2年生を高経大付属生とすべき気持ち)は変わらない」という説明がありました。
 解説すると、「教育改革」により七十年続いた高市女を廃校にし、高崎経済大学付属高校を新設することになった。ついては、二校を現在の高市女の敷地内に併設する。廃校・新設なので高市女の現在1、2年生を高経大付属生とはしない、というものです。校長さんが「だますつもりはなかった」というのは、高市女の募集の「案内」に高市女が高崎経済大学付属高校になる、在校生は高経大付属生になると読み取れる文章があったことを指します。
 トップダウン方式で教育の関係者がいかに服従を強いられ苦悩していることか。『でりか』に掲載された生徒の意見を見て校長さんは「これから生徒が考えているようなさまざまな問題が出てくると思うが、私だけでは解決できないかもしれない。生徒とともに考えていきたい」と倉林さんにか語っています。
(七)きいてくださいなまの声……どうなる高市女!
 6月5日(土)の校長さんの第1回の説明の前、11号・12号ではLHRで出されたクラスの生徒の意見が『でりか用原稿用紙』で20数枚「きいてくださいなまの声」などのタイトルで紙面に載っています。「高市の生徒がひょうばんわるいからってみんながみんなそうじゃない。カンケーないけど、マジメにやってる私逹って1番バカッポイ」「高経の付属の方が頭がいいからといって大きな顔をされるのはやだ」「学校のレベルをあげるためだけに付属にするのはどうかと思う」と言う意見は切り捨てられるものの不安から、超エリートを育成すると言う学校の本質を衝いていて見事です。校長さんの説明を聞いた後の感想は13号に掲載されていますが「私たちにとってかなり不利なことが多いと思いました。(中略)市女生はジャマもの扱いされそうなのが恐いのです」と更に率直に不安を語っています。  『でりか』が期せずして生徒たちの意見表明の場になっています。いや、もともと『でりか』は、担任の編集・発行ですが、生徒たちの意見表明の場なのです。 (八)授業ボイコット是か非か
 6月18日(金)高市女PTAは総会で「二校併設」に反対し、「在校生も移行」を決議します。父母・生徒・教職員の息が一致し、運動が本格化しようとする矢先、高崎市議会では6月定例会で「新設校は市女の名称変更でなく、市女を廃校とし、新たに付属校を設置する」条例案を審議・決定することを決めました。
 そんなある日、倉林さんの英語の授業をボイコットした生徒が3人、授業終了後やってきて、ボイコットをわびたあと『二つの学校になったら、この先、部活に希望がないから、学校をやめたいと思っています』と言いました。倉林さんはそのことがショックで、返す言葉がなくて、「まぬけなことに」(ご本人の言)「そうですか」と答えました。彼女らに向けられた不合理な仕打ちは、そうそう簡単に回避されそうになく、議会の行方も決して甘い見通しを許さない状況です。「無力な生徒逹」は、たった一つの方法として破滅を選んでいるようで悲しい、と思います。それから、やや間があって、3人が『考えなおしてみます』と言ってくれました。そう、『でりか』15号、6月18日号に書いてあります。
)『送辞』……生徒による運動のまとめ
 「二校併設」に反対し、「在校生の移行」をめざす運動は、挫折か、と思われる状況をドラマティックに乗り越えて(と書けば簡単のようですが……)、目標を達成します。その中で生徒たちは成長していきます。卒業生の『答辞』、在校生の『送辞』を読むと、運動がよくまとまられています。「私たち高校生にとって、『三学年そろったよい環境の中で学びたい』というのは当然の権利だと思います。私たちは、勝手に子供の未来を踏みつぶす大人たちに負けてはいられません。高市女生全員の移行を求めて、署名やデモ行進やビラまき等の運動をしました。(略)自分たちの母校がなくなってしまう。先輩方にとっては、この上なく辛く苦しいことに相違なかったと思います。(略)私たちは胸にこみあげるものを感じながら運動を精一杯続けました。そして、生徒全員の移行が認められました。これは多くの市民の方々のあたたかいご理解によることは勿論ですが(署名何と15万筆)、なによりもPTAの方々、先生方、三年生を含む全生徒の気持ちが一つになったからだと思うのです。私たちはこの運動を通して、これからの人生を生きるうえでの大切な宝物をつかんだように思います」(Iさんの『送辞』から1994年3月3日(木)・『デリカ』87号)。互いに「異質な者」が一つになったのです。
 Iさんが気にかけていた先生方の中には、不当にも、生徒と一緒に高経大付属に移行できない人がおります。運動は、決着したかに見えますが、その底で継続しています。                          (2003.5.7. )
 
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