大学生による「教師の仕事の話の聞き書き」
 
高崎健康福祉大学 平野和弘
 「テープレコーダーを持っていったため、先生御本人はとても緊張していた。」「実際にインタビューを始めてみると、最初の方こそ一問一答のような感じだったが、だんだんと一つの質問に対して長く深い答えが返って来るようになり、充実したインタビューをすることができたと思う。」「今まで見ることのできなかった一面が見られたし、私が思っていた以上に素敵な人だった。」「インタビューをして一番よかったと感じたことは、インタビューした先生のよさをもっと知ることができたことです。」「当時からいろいろなことを話していましたが、こんなに生徒の気持ちを考え、また教師という職業を楽しんでいると、自分が教育学を学ぶようになり話をしたことで初めて理解することができました。最近は教師に対しあまりよくない印象を与えるような情報が社会には流れていますが、インタビューをして、実際はとてもやりがいのある仕事だと肌で感じることができました。」「在学中は知らなかった先生の生き方というかを聴け、考え方も聴けてとてもためになった気がします。人の本当の考え方を知るには、生き方を知るところから始まるように感じました。そして人の考え方を知ることは自分にとってプラスになると感じました。」
 教職課程を履修する学生が「教師の仕事の聞き書き」を終えての感想からの抜粋である。かつての教え子が、生徒としてではなく、同じ道をめざす後進として目の前に現れる。かつての教え子が訪ねてくれるのは教師にとってはうれしいものだけれど、昔話を懐かしんで済ますわけにはいかないという緊張感を伴って向かい合っている姿がほほえましく目に浮かぶ。かつて共に過ごした日々が、懐かしい思い出でありながらも同時に、どういう質をもった「仕事」であったのかという吟味の対象とせざるをえなくなってしまうからである。
 兵庫の藤本英二さんによる「仕事の話の聞き書き」の実践を踏襲するかたちで、大学生の聞き書きに取り組むようになったのは数年前からで、高校「工業」の教員免許を取得するための「職業指導」の授業の受講生を対象に行ってきた。4000字(原稿用紙10枚)以上というノルマは大学生にとってもかなりの負担で、課題を出した時点では相当のブーイングがある。が、じっさいにインタビューに取り組んでみると、聞く方にとっても聞かれる方にとっても新鮮な体験となり、力作揃いの作品が提出されるという実感
があった。
 昨年、高崎健康福祉大学に教職課程担当の教員として赴任して、高校「情報」と高校「福祉」の教職課程を履修する学生を受け持つことになった。「情報」および「福祉」の場合は「職業指導」という科目はない。しかし「仕事の話の聞き書き」という手法が学生に与えるインパクトは大きいので、何らかのかたちで取り組んでみたいという思いはあった。教職課程の学生に「教師の仕事の聞き書き」に取り組ませるという考え自体は以前からもってはいたが、それなりに時間数を要するものなので自分が担当する科目
のなかにどう位置づけるか見通しがもてずにいた。
 「職業指導」の時間に「仕事の話の聞き書き」に取り組ませる場合には違和感が少なく、インタビューの準備のための指導も含めて授業の一環として行える。教職科目のなかで「教師の仕事の聞き書き」に取り組むとすれば「教師論」あたりが適当だろうが自分の担当科目ではなかった(今年度は今回のレポートや感想を資料に添えて「教師論」担当教員に渡し、「教師論」の授業で引き継いでもらえることになった)。今から考えれば「教育基礎論」(いわゆる「教育原理」にあたる科目)でやった方がまだ大義名分が立ちやすかったかもしれないが、赴任して最初の科目だったので準備不足で授業の展開の構想が追いつかず踏み出すことができなかった。
 結局、半ば強引に「教育心理学」の冬休み課題として課したため、授業の流れと切り離し、授業の時間の一部を切りつめて課題説明の時間をとらざるをえず、事前指導がきわめて不十分にしか行えなかった点は心残りである。が、それにもかかわらず、提出された作品を見るとけっこう力作揃いで、インタビューの体験そのものがもつ教育力の大きさをあらためて実感している。
 インタビューに応じてくださった先生のなかには、たまたまそのとき風邪を引いていて体調を崩しておられた方もいたのだが、それでも快く引き受けてくださり、学生がいたく恐縮するとともに感動していたという事例もあった。ちなみにその学生は、それまで授業でもあまり目立たず成績も芳しくなかったのだが、力作の作品を提出し、「教育心理学」の試験でも「ほんとに勉強しました」という本人の弁のとおり高得点をとってめでたくA評価を獲得した。「採用試験で受からなくても塾の講師とかやって教師をめざすつもりです。」と言っている。
 どういう作品に仕上げるのかイメージさせるためのモデルとしては、晶文社の大型インタビュー集のなかの『教師』から1本の作品をコピーして配った。学生のなかには「もっと読みたい」とこの本を自分で購入し、インタビューの際に持参した者もいたようだ。

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