スナップ
         さりげないスナップ写真のすてきな笑顔のように
      日常の教育実践や話題を、ふだん着のままで紹介するシリーズ

根性と忍耐ではなく、技と自主性の向上めざして
・・・前橋高校野球部を訪ねて

 「高校の部活動がピンチ」との声が聞こえる昨今。秋も深まる11月14日(木)午後4時、高校野球で活躍している前橋高校野球部を訪問した。
 日暮れの早いこの時期、部員達が三々五々部室に集まり、着替え、グランドに飛びだし、練習が始まった。グラウンドの芝生がいい感じだ。「いいグラウンドを作ろう」と、松本監督が生徒に呼びかけて毎年春先に芝を植え、目土をしながら手入れしている。夏場は5日に一回、自分達で草刈をしている。今は、秋の大会も終了し、来年の春そして夏の大会を見据えた練習が、淡々と行われている。毎日の練習時間は放課後4時から7時まで。その後個人練習したい者は8時半まで。毎週水曜日は休養日。試験前の一週間は部活動なし。
 部室の2階の一室に案内され、ストーブを囲み話が始まった。歴史と伝統のある野球部にしては、思ったより簡素な部室だった。ややもすると、勝利至上主義や商業主義に走りがちな高校野球界にあって、この部室こそ、前高野球というか、学生野球そのもののあり方を求めている松本野球そのもののように感じた。話の中で、野球部も決して他の部活動と同じで、特別扱いされた部活動ではなかった。
松本野球の真髄は
練習をのぞき見しながら、対談が始まった。
 「松本監督の前高時代と現在の生徒の状況は変わってきているか」をたずねたところ、「今は受験シフトがきつくなって、部員達はゆとりのない毎日。野球をやるには厳しい環境になっている。」と、語ってくれた。それでも、前高で野球をしたいという生徒がいる。「野球が好きで、ひたむきにやろうという気持ちは同じですね。」
 監督となれば、誰だって、勝つためには選手確保に力を入れるのが普通の手法ではないかと思うが、前高野球部は違っている。選手確保のために誰も動かないし、実際に動けないシステムである。一人でも多くの中学生に前高で野球をやりたいと思わせる野球部に育て発展させていくことだと、きっぱり言った。松本監督はその実践をしている。
 指導者として気をつけていることと言えば、野球はテクニックのスポーツである。テクニックを追求していくことに力点を置き、根性や忍耐よりも技を優先させた指導を心がけている。もっとこうやってみればとアドバイスして、実際にやってみたらうまくいくという成功体験を重ねていく。問題はどこにあるか、ミクロとマクロの見方を調和させながら、一人ひとりにあった情報、引出しを提供している。「幹になる技術的なことについてはうるさいし、手とり足とりですね。技術がわからなくなると、精神面を強調することになっちゃうんじゃないでしょうか。」
 スポーツ界にも情報があふれている。部員達は情報に振り回されてしまいそう。そこで、情報を整理整頓し、個々の部員達に何が必要であるかを選択し、プログラムをつくってやることが、監督の仕事として大事になっている。部員達は何がプラスで何がマイナスかを納得していくことにより、意欲が出てくるし、理不尽な練習もなくなってくる。理論に裏打ちされた指導の様子が、言葉の端々から感じ取ることができる。



チームワークについて
 前から気になっていたことを聞いてみた。運動部にはしごきやいじめはつきものだとよく言われる。(実際に当研究所の相談部にも、某高校野球部生徒からの駆け込み相談があって、対応に苦慮したことがあった。)「前高野球部はどうですか?」「聞いていないし、ないと思います。その理由の一つは、選挙があるからだと思いますよ。」 なんと、キャプテンだけでなく、レギュラー選手もベンチ入りの選手もすべて全部員の投票で決定するのだ。どんな生徒が選ばれる
かというと、やはり技術はもちろんだが、まとめる力や勉強面でも下級生から
見て見本となるような生徒が入る。確かに生徒同士の方が、監督の目に見えないところでの日常の言動も見えている。これではしごきやいじめはおこらないだろう。5つの部室は1〜3年の縦割り集団、1年生が入ってくると、ドラフトで所属の部屋を決める。室長がリーダーとなり、選挙もしきる一種の自治組織だ。なるほど、松本監督は、こうやって「集団の人間関係」と「真のリーダーシップ」を育てているわけだ。
松本監督は「所詮、部活動は遊びだ」とも言っている。「遊びにしても、そこはいい遊びの場であり、いい遊びをつくりだしたい。野球部をつくりあげる過程で、何かを学ぶ、それが高校野球の目的ではないでしょうか。」
 1年生部員の高橋君(高崎高松中学校出身)と、長谷川君(子持中学校出身)に、前高野球部のどんなところに惹かれたのかを聞いてみた。共通しているのは、管理された野球は嫌い。考えながら納得していく野球をしたい。そして、甲子園を目指せる可能性がある松本野球にひかれた。また、野球だけでなく勉強も頑張っているところにひかれ、自分も頑張りたいと思って、入部した。家に帰るのは夜9時〜10時頃、朝は7時頃家を出る毎日。「1学期はやはりつらかったが、夏休み以降は勉強のしかたもなれてきた。部員の人数が多くて固いヤツが多いと思ったけれど、つきあってみるとみんないいヤツで、一緒にやってるのが楽しい」とのことだった。
 短時間の対談ではあったが、高校の部活動のあり方や、部活動を通して部員が人間として成長している姿を感じ取ることができた。
                (取材=塩野勝司、中島孝守、瀧口典子)        

直撃インタビュー⇒⇒前高野球部3年生に聞く
 今回のルポ第2弾は野球部生徒への直接取材。昨年の暮れ12月10日放課後、グラウンドの近くにある同窓会館に集まってくれたのは、3年生の部員10人。期末試験を終えたとは言え、これから受験戦争の本番を控えて、最後の三者面談週間で心落ち着かない時期、でもみんな明るく余裕の表情。監督の松本稔先生の配慮で、お茶やコーヒーをいただきながら、座談会風のインタビューとなった。松本先生は「みんなが本音で話せるように」と、途中で退席された。
まず、お互いの自己紹介。それぞれに野球部志望の動機やら、自分のポジション、思い出などを語ってくれた。やはり、部員の多くが、「松本先生のうわさを聞いて」「松本先生に憧れて」「自主性を重んじる前高野球部で野球をやりたくて」集まってきている。彼らの同期部員は26人(全部員数69人)、それぞれに松本野球と仲間との出会いに感謝し野球を楽しんできた様子が伺える。そこで、もっと突っ込んでズバリ質問してみた。

勉学と部活との両立は?
Q:悩みはなかったの? 1年生部員が、勉強大変だとか言ってたけど・・・
A:進級できれば問題ないョ。
テスト前に一日12時間とか、徹夜でやる。テスト毎に集中して一気にやって、遅れた分をとりもどしておかないと、みんなに追いついていけないから。
Q:練習が終わると遅いでしょ、でも帰ってから勉強するの?
A:やっぱり自主練すると、帰りは9時、遅い人で10時になるかな。
1〜2年と3年では生活が全然違う。3年になると、遅くまで勉強する。
Q:それで、授業中、眠くならない?
A: 3年になると、やっぱり寝るようになったかな。
寝る教科を決める。一日のペース配分を上手にして。(笑い!)
Q:受験との関係で、部活へのプレッシャーはないですか?学校五日制で土曜休みに補習が組まれて、ある学校では土曜に練習してて怒られたとか・・・。
A:前高は野球部に対しては、けっこう寛大で受け入れてくれている。松本先生と岩井先生(部長)が築いてきた信頼関係があるので・・・。
Q:でも、家の人は? 成績下がると、もういいかげんにやめたらとか・・・。
A:何も言わずに、やらしてくれてる。(うなづく生徒たち。)
Q:勉強で、部活やめた人はいないの?
A:最初28人入部して、2人だけやめた。でも1人は怪我で、あと1人は仮入部でやめちゃったから。(ウーン、他の学校はどんどんやめるけどね。)
前高野球部の特色は
Q:どうしてそう両立できるのかなあ?他の学校に比べる
と練習時間が少ないからなのかなあ?
A:確かに、朝練もやらないし、練習時間は少ないと思う
けど、内容で他の学校の2〜3倍濃い練習やってる。練
習時間の長さがいい結果につながるかというと、そこは
むつかしいところで。
Q:でも、あせらない?
A:先輩もそれで勝ってきたので。
Q:他の学校とどこが違うと思いますか?
A:他の学校だと、全体で動いて、全員でアップして・・・とやるけど、うちは殆ど個人主義。自分の好きなようにやらしちゃう。自由練習では何をやってもいい。バッティングでも守備練習でも、自分の課題をなおすためにやる。だから、無駄な時間がなく、集中してやれる。
Q:選手を投票で決めると聞きましたが、どうやるのですか?
A:前高はギリギリにベンチ入りの選手を決めるんですよ。締め切りの2〜3日前にポジション毎に、誰がいいか、部員全員の投票で決める。(夏の大会の時はまだ1年生は投票できないけど。)大会ごとにメンバーはやっぱり変わってきますね。今年は1年生も一人だけ入ったし。
Q:選手の投票はいい方法だと思いますか?
A:いいと思います。選ばれた人についてやっぱり納得できます。
Q:1年が入ってきた時、部室もドラフトで選ぶとか?
A:各部室(5)にいろいろ特色があるから(笑い)、その特色に合わせて、部室ごとの方針によってメンバーを決める。今年は1年生の顔を見ないうちに名前で判断して決めちゃったから、顔を見た方が良かったかナ。(笑い)
Q:先輩と1年生で、色々上下関係があるでしょ。洗濯とかさせない?
A:自分のは、自分でやります。コインランドリーで・・・。
Q:困ったこととか悩んだことは本当にないの?自分との闘い、葛藤みたいなのあると思うけど。
A:ウーン、・・・特にはなかった。
Q:最後にやっぱり聞きたい、勝つということについてどう思いますか。勝つためには何でも許されるというのはどうかと思うけど、でも運動やってれば誰でもやっぱり勝ちたいですよね。
A:ウーン、むつかしいなあ。勝ちたいのと、勝つだけじゃないというのと、両方あるけど。でも、うちらは勝ちを意識しないで、いつも通り戦うのみで・・・。関東大会も結果的に勝てたわけで、勝ちにいったわけじゃない。
3年間で得たもの・・・自分にとっての前高野球部を語る
松下繁徳君(ピッチャー):他の高校だったら3年間野球部にいなかったと思う。自分を痛めつけるのが好きじゃないしどっかで妥協が入っちゃうんで。前高では自主性に任されて自分の思った通りにできたから、それにこの代が26人もいて、まわりに支えてくれる仲間がいっぱいいたんで続けてこれた。
北島明文君(ファースト):個人的には、4トントラックと勝負して(笑い)3ヶ月の入院とかいろいろあったけど、野球部続けてきて根性ついた。自分で自分の行動の計画をたてることができるようになった。それは、これからも、通用してくると思う。
笠原裕作君(ピッチャー):自分で調べて自分でそれを吸収していく力がついて、それがあたり前になった。2年の夏休みからピッチャーやるようになって、本とか他の学校の選手を見て、自分なりの研究をした。野球だけじゃなく、人間的にも楽しい思い出ができた。  
井上徹郎君(記録員):松本先生、岩井先生、26人の仲間に出会えてよかった。野球部は(年齢の)上の人から下の人まで幅広いし、みんながしっかりした人たちなので、人としてのコミュニケーションがうまくとれるようになった。それが今の性格をつくりあげるのに役に立ったかな。
北村孝太君(ファースト):やっぱり26人でみんないっしょに競い合ってきたから甲子園に行けたと思う。自主練習では自分をしっかり見つめなおせる。例えば、どこの筋肉が使えてないから打球が飛ばないのかとかがよくわかって、そういうことやってることで自分が高まっていくのを実感した。
石原遥平君(キャプテン):野球しに前高にきたから、甲子園に行けて幸せ。目標達成能力がついたと思う。その後の人生で糧になると思う。目標を設定してどういう努力をして、その結果どうなるとか、小さい目標からだんだん成功させて、いいものつくりあげていく経験ができた。キャプテンの重圧は特になかったが、甲子園出場が決まった2〜3月は、プレッシャー感じた。甲子園でボロ負けするんじゃないか、と。でも良い試合ができて大きな収穫だった。
小暮良太君(外野手):3年間で5年の人とかかわったわけで(1年の時の3年生から3年の時の1年生まで)、100人の友人ができた。特にこの学年とは一生の友達で、何年か後、飲んだり遊んだりするのが楽しみ。
小暮直哉君(キャッチャー):最初内野手を希望したが、松本先生のアドバイスでキャッチャーをやった。やってみたらできたので、松本先生には感謝している。中学校の時はがむしゃらにやってただけで、高校では自分なりに研究した。甲子園の対戦相手のバッターの弱点が見つかったりするのが楽しくて、勉強時間もよくビデオ見てた。甲子園ではかなり思い通りにいったかな。
根津英実君(センター):最後の大会で1番打てたので良かった。一番大きかったことは、自由練習があるので、人任せでは得られない、自分で考えていくことで得るものがある。それは、これからにつながると思う。
山中俊介君(レフト):一番大きかったのは友達関係で、人間性が成長できた。他の学校では先輩・後輩いろいろあるみたいだし、中学の時もあったけど、俺、それはいいとは思わないんで。前高で、野球だけに気持ちを入れて、他のことに気をつかわないで楽しめる、野球だけに打ち込めるのが、成長できる原因じゃないのかな。

取材を終えて・・・甲子園に出場できるような強い野球部はどんな部なのか。また、監督は、そんな野球部をどう育てているのか・・・何ともエキサイティングな取材であった。そして、取材を終えて、普通の運動部活動(長時間練習なし、体罰・暴力なし、しごき・いじめなし)の中で、人間教育がちゃんとされている結果をひしひしと感じ、これが「強い」野球部につながっている事に改めて感動した。「甲子園に出られたこと以上に、生徒が野球(部活動)を素晴らしい文化(人生を豊かにしてくれるもの)として捉えてくれることの方が私としてはうれしい」と言う松本先生の言葉がとても新鮮で印象深い。
生徒の力、教員の力、教育の力に新たな希望を見出し、胸が熱くなった。
 最後に、今回の取材に快く応じて協力して下さった校長先生をはじめ、松本
稔先生、岩井尚龍先生に感謝したい。(なお、写真の一部は「前橋高新聞」と毎日新聞社からの転載である。取材=塩野勝司、富田英子、橋本寛文、瀧口典子)
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